雨(五条)

「雨だね」

 急に降り出した雨に駆け込んだ喫茶店。窓辺のテーブル席。少し窓に近づけば、外の冷たい空気が伝わってくるようだ。

「別に雨宿りしなくたって帰れるじゃん、早く帰って映画でも見ようよ」

「人もそこそこいるのに、雨の中傘もささずに歩くのおかしいでしょ」

「別に焦ってるふりしながら走れば誰も気にしないよ。よくない? 雨の中走るカップル」

「ベタな恋愛映画ですか。実際はあんなにキラキラしてないですよ」

「僕が無下限で跳ね返すしずくがきらきらするでしょ?」

 そういうことなのかなぁ、と言うと、そういうことだよ、と指先を触れ合わせてくる。彼は私に触れていない左手で器用にカップを口に運ぶ。先ほど大量のミルクと砂糖を入れていたそれに、いつもラテだとかそういうものを頼めばいいのにと思う。しかし彼がコーヒーにミルクと砂糖を入れるところを見ることが好きだから、そんなことは言わない。

「何かスイーツでも頼もうか、悟くん甘いの好きでしょ? 半分こする?」

 彼に触れられていない右手でメニュー表を取り差し出すと、サングラス越しに目が合う。

「うん、君が好きなやつ二個選んでよ。僕にそれ半分ずつチョーダイ」

「いいの?じゃあ選びますね」

 彼に触れていた手でメニュー表を開き、美味しそうなスイーツを眺める。アイスの乗った見るからに高カロリーなハニートースト、クリームたっぷりのフルーツサンドやチェリーの乗ったかわいらしいプリン。無難にイチゴパフェやパンケーキもいいな。悟くんと半分にするならハニートーストとイチゴパフェ食べたいかも。

「悟くん、ハニートーストとイチゴパフェにしたいんだけど、ハニートーストのアイス何がいいですか?」

「んー、バニラかな。僕が注文するよ。飲み物のおかわりは?」

「じゃあアイスティーを」

 はぁい、と明るい返事をすると、彼は店員を呼ぶ。私は頬杖をついてもう一度窓の外に目をやる。にわか雨だ。三十分もすれば止むだろう。久しぶりのデートだったのになあ、とは思う。せっかくのお気に入りの靴下もパンプスもぐしょぐしょだ。漏れ出そうになるため息を堪える。悟くんとのデートは三か月ぶりで、少しでも楽しいと思ってほしかった。午前中からずっと行きたいと話していた水族館に行って、ペンギンや珍しい魚を見たり、トンネルの水槽をくぐった。アシカショーやイルカショーを見て、年齢の割にはしゃいだ。おそろいのペンギンモチーフのストラップなんて買って、まるで高校生のカップルのようなデートだと思う。時間も十五時を過ぎたころで、ゆっくり散歩でもしながら映画館へ向かう予定だった。

「そんで? 今日はもう僕ん家で映画でも見ながらいちゃいちゃするでしょ?」

 注文を終えた彼はこれからの予定を私に尋ねてきた。

「すぐ雨止むだろうし、それから映画館でもいいですよ」

「……君ちょっと察し悪いとか言われない?」

「……言われないですけど。むしろ比較的いい方かと」

 うっそだぁ、というとテーブルの上に置いたままの私の左手に再度触れる。

「失礼します。こちらアイスティーとハニートースト、イチゴパフェになります」

「あ、ありがとうございます」

 悟くんが店員に笑顔を向けると、大学生アルバイターであろう彼女は顔を真っ赤にし下がる。悟くんのそういうところに私が妬いてしまうこと、知っているのだろうか。誰もが見惚れてしまうようなその容姿で愛想なんて振りまいたら、老若男女問わず悟くんを好きになってしまうだろう。呪術師といえどまるで普通の私にとっては、いつ悟くんにぴったりの許嫁が現れて「別れなさい」なんて言われるドラマ的展開が繰り広げられてしまうのか、気が気ではない。

「本当にわからない?」

 イチゴパフェに伸ばそうとした手を捕らえられ、指を絡められる。私よりも大きなその手は温かくて、雨の空気で冷えた私の手を温める。

「わかんない。パフェ食べるので離してください」

「嫉妬した? 僕はこんなに君に夢中なのに。店員さんに優しくするのだって、君に嫌われたくないからだよ、横暴な態度は嫌われるって野薔薇から聞いてね」

 彼の手から逃れてイチゴパフェをスプーンで崩す。イチゴソースがつやつやしていて美味しそう。パフェの頂上のソフトクリームを掬うと、そのスプーンを取り上げられる。

「はい、僕があーんしてあげるね」

 私から取り上げたスプーンを私に向けると、彼はご機嫌そうに笑っている。ほら、早く。と急かされ、渋々口を開ける。ミルク感の強い濃厚なソフトクリームに絡む甘酸っぱいイチゴソースが美味しい。

「さっきの話だけど、僕は映画館で見る映画よりも、君と家で映画の方が好きなんだよね」

 そういいながら悟くんはもう一度パフェを掬う。先ほどよりも少し多くて、口も少し大きめに開ける。そんな私の様子を見て彼はふ、と笑った。

「かわいいねぇ、僕にあーんされるのわかってるんだ。そんなに僕に愛されてる自覚があるのに嫉妬しちゃうんだねぇ」

 途端に顔に熱が集まる。

「悟くんがあーんするっていうから!」

 恥ずかしさと怒りで顔を逸らすと、悟くんはさらに楽しそうに笑う。耳まで熱くて、本当に恥ずかしい。悟くんに許嫁ができて振られるなんて心配をしながらも、自分が悟くんに尽くされていることをわかっている。とても傲慢だと思いながら、悟くんに愛されていることを実感し、幸せになってしまう。

「そんなところが可愛くて好きなんだけどね。……ねぇ、僕の家で二人っきりで映画見る方がいいと思わない? 君の好きなお菓子だって用意するし、君は明日も休みでしょ? 泊っていけばいいじゃん。」

「でも悟くんは明日任務でしょ。……このハニートースト美味しい」

「行ってらっしゃいって言ってほしいんだよ。それに久々のデートだ、帰せるわけないでしょ? 映画館に行ったとしても僕はお持ち帰りする気だったよ。それよりは二人で気張らずに家にあるビデオでも見た方がいいと思うんだよね」

 ハニートーストを小さめに切りアイスを乗せる。ゆっくりと溶けていく様がさらにおいしそうに見える。それを仕返し、と言わんばかりに悟くんの目の前に差し出す。悟くんはそれを嬉しそうに食べるとまたにっこり微笑んだ。

「おいしいでしょ、ハニートースト頼んでよかったですね」

「うん。それで、僕の家に来る気になった?」

「別に行かないって言ったわけじゃないですけど」

 その一言で悟くんはにんまりと笑う。

「じゃあさっさと食べて僕ん家いこ?」

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