七月は明らかに夏だろう。教室の窓からキラキラと輝く木々を眺める。外では二年生の先輩が体術の授業を受けている。こちらに気付いた虎杖先輩が大きく手を振り、そんな彼に伏黒先輩が蹴りを入れる。野薔薇先輩がこちらに駆け寄ってきて、暇なの? と私に問う。
「五条先生がまだ来てなくて」
「あいつの遅刻癖も治らないものね」
「まだ授業始まって五分ですし、もう少し待ちますよ」
「あ、いいのあげるわよ」
そういって野薔薇先輩はポケットからシャボン玉液を取り出した。
「アンタこういうの好きでしょ」
「すっごく好きです、ありがとう先輩」
野薔薇先輩はかわいらしく微笑むと二人のもとへと戻っていった。シャボン玉は好きだ。優しく吹けば大きく育ち、気まぐれに弾けては少し寂しくさせる。強く吹けば小さなシャボン玉たちはキラキラと空に舞い上がっていく。なんだか愛おしい。しかし小学校高学年くらいになるとシャボン玉を吹く機会はほとんどなくなり、あれだけ好きだったものに触れるのがとても久しぶりに思えた。ふぅ、と強く吹く。キラキラと舞い上がるそれは夏の木々とともにきらめく。虎杖先輩が遠くまで飛んだいくつかに触れようとその身体能力で大きく跳ぶが、虎杖先輩の指が触れる前にシャボン玉は弾けてしまった。次は虎杖先輩に触れてもらおうと多めにシャボン液をつけ、もう一度強く吹く。野薔薇先輩の顔の横を通り、少し高くのぼったそれに伏黒先輩は腕を伸ばして触れ、虎杖先輩は一番高く飛んだシャボン玉をつかむためもう一度跳んだ。今度は触れられたらしく、こちらに向かってピースサインをした。先輩たちは仲がいい。今年の一年生は私だけで、二年生の先輩も三年生の先輩も正直羨ましい。楽し気な先輩たちを眺めながら優しく息を吹き込む。大きくなったシャボン玉はふわふわとゆっくり飛び、弾けずに先輩のもとへ向かう。うまく飛ばせたシャボン玉を先輩たちに見てほしくてそのまま弾けずに飛んでほしいと思う。
「あ」
少し先に大きな黒い人影が現れた。夏の光をきらきらと反射する髪の毛がきれいで、目を奪われる。怪しい目隠しを下げ、白いまつげに包まれた空色の眼がシャボン玉を捉える。その人はゆっくりとシャボン玉に長い指先を近づける。次の瞬間、シャボン玉は弾けた。黒い影はうまくできた大きなシャボン玉に触れたのだ。
「シャボン玉上手だね」
シャボン玉を捉えていた目が私を捉える。特別らしいその目から目を逸らすことなどできるはずなく、何も言えずただ見つめていた。
「あ、もしかしてシャボン玉割ったのダメだった?」
「いえ、そんなことより授業は……」
「あぁ、ごめんね。でもシャボン玉飛ばしてるの楽しそうだから邪魔したくないなぁ」
「いいから、早く授業してください」
「なあに、教室に一人は寂しいの?」
「……寂しいですよ」
「ふーん、かわいいとこあるじゃん。まってな、すぐ教室いくから」
そういって歩く五条先生は少し足取りが軽いように思えた。
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