キスマーク(五条)

 浮いた背骨を撫でると嬉しそうな顔をして振り返る。

「は、ん、が、あ、ら、っ、く」

「なあに、情熱的なお誘いに捉えちゃうよ」

「やっぱり五条さんの背骨でハンガーラックを作りたいとは思わないな。ダサい」

「悟って呼んでって言ってるのに」

 再び私に覆いかぶさろうとする彼を手で制す。少しだけ嫌そうな顔をするが彼はその手を自分の口元に寄せ何度も口付ける。

「悟さん、背中にキスマークつけていい?」

「なに、急に。僕ら恋人だよね、隠れるところなら許可いらないんじゃないの」

 じゃあ背中向けてよ、と言うと彼はベッドの縁に腰掛けなおす。後ろにくっつくようにして座り、そろりと彼のお腹の方に手を回す。肩甲骨のあたり、彼の鍛えられた身体をゆっくりと撫でる。悟さんはあまりに魅力的だ。普段はあの黒い服に隠れている筋肉も、私の顔なんて片手で覆えてしまうような大きな手も、普段はつんつんしている白くて綺麗な髪の毛も、悟さんとのこの時間が、恋人という関係性が、全部夢なのではないかと錯覚させる。しかし触れた指先から感じる体温も、背中に頭を押し付けると聞こえてくる心音もすべて現実で、どうしようもない幸福感が沸き上がる。

「つけてくんないの」

「ネットで見たやり方しか知らないから下手かも」

 自分の唇を舐めて湿らせる。あ、私の舌とっても熱い気がする。そして先ほどまで撫でていた左側肩甲骨の真ん中あたりをチロリ、と舐めてみる。悟さんの身体が少しだけ緊張したような気がした。湿った彼の肌にゆっくり唇で触れる。少しだけ震えていたかもしれない。

「ちゃんと吸わなきゃだめだよ、ただのキスでキスマークがつくわけないじゃん」

 わかってる、という代わりに彼の白い肌を強く吸う。ぱ、と離せばそこには赤い跡がついているが、眺めていると次第に薄くなる。なんだか悔しいような気がしてもう一度強く吸いついた。今までの人生で一番強く吸い込んだものって何だろう。タピオカとか、吸い上げにくい重ためのスムージーとかだろうか。段々と息が苦しくなって、ぼーっと考えた。

「ん、何回か繰り返しな」

 一度唇を離し、再度押し付ける。先ほどのように強く、重ためのスムージーよりも一生懸命彼の肌に吸い付く。悟さんの肌、甘い気がする。十秒ほど経ったらまた唇を離す。彼の肌に赤が浮き上がって、かわいらしい。甘いような気がするその肌をぺろぺろと舐めれば、悟さんは面白そうに笑った。

「お前はかわいいね、ほら僕の番だよ」

 彼は私を膝の上に乗せ、胸元にそっと口づける。

「ただのキスでキスマークがつくわけないんでしょ?」

 彼はにやりと笑って、口づけた位置をぺろぺろと舐める。まるで見せつけるようなそれにクラりとしそうになる。彼のキラキラの瞳も、綺麗に通った鼻筋も、全部私のもので、今この彼の頭ごと抱きしめてしまっても、誰も文句は言えないこと、その事実が世界でいちばん素敵に思えた。ぢゅ、と音がなるくらい悟さんは私の胸元の皮膚を吸う。彼に求められている、私の腰を撫でるその手が今求めているのは私。これはきっと独占欲だろう。悟さんが私だけのものなんていう、夢のような時間におぼれている。このまま永遠に離さないで、なんてありふれた理想を描きながら彼と目を合わせた。悟さんは嬉しそうに胸元の赤い跡を撫でる。

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